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レッジョ・エミリア教育における光の役割

レッジョ・エミリア教育とは、イタリアのレッジョ・エミリア市の幼児教育の場において40年にわたり実践され、近年欧米の幼稚園を中心に世界中で注目されている教育アプローチのことです。レッジョ・エミリア教育は、子どもたちの個々の感性を生かすことを重視し、子どもたちが過ごす場には自由に発想表現できるよう様々なツールやマテリアルが常備されています。イタリアの幼児教育は、伝統的にローマカソリック教会の統制下にあったのですが、レッジョ・エミリアの幼児教育はイタリアでの最初の公立幼稚園となって市立幼稚園を全国に拡大する拠点として貢献してきたのです。
学校空間の構成も特徴的で、「広場」と「アトリエ」により構成されています。さらに、各教室には二つの「ミニアトリエ」が付設され、一方は明るいアトリエ、もう一方は暗いアトリエとなっているそうです。それは、このレッジョ・エミリア教育において、光と影のシンフォニーが、教育の主題の一つだからなのです。光と影の明暗によって印象的に彩られる学習環境が不可欠だったわけです。私たちの生活の中で、光が非常に重要な役割を担っている事を確信して、それを教育のプログラムに組み込んでいるのです。色を生み出すのも光であり、同じ道を歩く時に、行きと帰りで感じる空間が異質であるように仕立てるのも光である、という当たり前であるが故に忘れてしまいそうなこ事を、教育の軸に選んでくれたのです。
この教育アプローチを知った時、私は目の前の視界がパット開けた気がしました。理科の教科書の中でお決まりのように見かけるプリズムで分光した光の図柄や、リンゴはどうして赤くみえるの?という可もなく不可もないイラストを目にするたびに、光の魅力をこれだけで語られることへの消化不良の感情がストンと消化された感じがしたのです。
例えば、「影」という現象に関してはこのような記述があります。
~影は並外れた教育の機会を提供します。影は、子どもの中の自然発生的な好奇心を高め、彼の想像力をかきたて、かつ、彼の発生途上の知的能力を訓練するだけでなく、至る所に偏在しています。影はおそらく、他のものより効果的に、やってみたい、実験したいといいう子供の要求に栄養分を与えることができます。子供たちの行う形成や変形に必要な諸変数が容易に操作できるものでさえあれば。~(子どもたちの100の言葉より)
こうした環境で推理し、試してみることが日常になっている子供達は、多様な観念を生み出し、素晴らしい言葉や思考を選択する能力を発揮します。
以下、影についての子供たちの言葉です。
「影はそこにあるけど、捕まえられないんだ。」
「人について回るみたいなんだけど、気が向いたときだけなのさ。」

「小石を沢山うんと沢山、かぶせちゃえ。」
「影はどうしても隠れないよ。」
「じゃあ、シーツで隠したらどう?持って来ようよ。」
「隠れないよ。」

子どもたちは自発的に知の探究を進めていきます。

私は、子どもと歩道橋の階段を上る時に手をかざして、指が折れていたり、腕が折れてしまっている影を見つけて遊んで下さい、と事あるごとに言い続けていた事が間違いではなかったのだと感慨深い思いです。子供はあっという間に大きくなってしまいますから・・・

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