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再び、レッジョ・エミリア教育を考える

レッジョ・エミリア教育とは、子どもたちそれぞれの意思や個性を尊重し、個々の感性を生かすことが最も重要であるという理念のもとに実践された、イタリアのレッジョ・エミリア市発祥の幼児教育実践法です。前回のコラムでも触れましたが、もう少し堀り下げてみたいと思います。
レッジョ・エミリア・アプローチの特徴の一つに、アトリエスタ(美術専門家)とペダゴジスタ(教育専門家)というプロフェッショナルスタッフが配置され、子どもの創造活動を支援するという仕組みがあります。。そして、子どもと大人の双方が想像性を発揮し、美的で探究的な活動を通して共に学び、育ち会う関わりを形成するのです。

この教育アプローチを知って私の頭に浮かんだのが、以前何かで読んだ記憶のある、19世紀末のウイーンの環境です。1900年前後のウイーンは、人文科学と自然科学の開かれた対話が行われ、芸術と科学を結び付けようとするパイオニア的な試みの場があったということです。そこで名を残した天才たちは、個々の分野毎に活動しているのではなく、科学者、作家、芸術家の垣根を越えて混ざり合っていたという事実があるのです。脳神経科学者のカンデルは、「我々に必要なのは、芸術と科学の間にある隔たりに橋を架け、隙間を埋めるような説明を探す、という道である」といっています。まさに、芸術と科学の間にある隔たりに橋を架けるような教育がこのレッジョ・エミリア教育でのアプローチである気がします。
例えば影・・・
影は想像力を養うと同様に、知的推理を刺激することもできます。昔の学者は、影の観察によって太陽の位置を正確に記録する方法を学び、それによって時刻を計算し、さらに日時計上の棒の影を観察することで、緯度の計算をするに至ったのです。


3つの光源によってできたこれらの影を見て、「影が3つ重なった部分は1つの影の分部よりも必ず濃くなるの?」と聞いた子がいました。その疑問はシンプルですがその答えは非常に複雑です。これは、ある光源からは影になっているが違う光源からは光が差し込んでいるという半影の明るさの比較になり、簡単な説明では伝わらないでしょう。しかしその子は疑問に思ったということが素晴らしい、と思うのです。それぞれ疑問に思う事は違います。自分の興味のある切り口から堀進めていくと、結局芸術と科学が繋がっていた・・・そんな感じが理想なのではと思います。
ちなみに半影の影の明るさのの求め方を付けました。

半影の明るさ
N個の(点)光源があるとして、それぞれの代表的な「明るさの比率」とい
うものを考える。ここでいう「明るさの比率」とは、影ができる位置で、影の中心とも考えられる点を考え、光を遮る物体がない場合のこの点の明るさを、1 として、この明るさ1 に、それぞれの光源がどの程度の明るさの寄与を行っているかを示す比率数字である。これを、S1, S2, S3,……Sn とするとき、S1+S2+S3+……+Sn=1 である。二つの光源A とBがあり、A の方が明るく、光の明るさの寄与として、A が6割、B が4割のときは、S(A)=0.6, S(B)=0.4 というような数字になる。更に、ある半影の点が、特定の光源について、真影であるか、そうでないかによって、0 と1 の数字となる、パリティP (i) を考える。i 番目の光源について、半影の
点において、光が遮られている場合、P (i)=0 であり、光が遮られていない場合、P (i)=1 である。このようにすると、ある特定の点の「半影としての明るさ」は次の式で表現できる:明るさ=P (1)・S1+P (2)・S2+P (3)・S3+……+P (n)・Sn

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